病院へ行く色

今日も名古屋は猛暑日です。

庭のバッタたち、元気にぴょんぴょん跳んでいます。

 

ここ2か月ほどの間、たびたび病院に行く機会がありました。

父の3度の入院、娘の検査の付き添いなど。

病院に行くとき、黒い服、暗い服は着ないようにしています。

 

20年ほど前の話ですが、入院中の大叔母を見舞った時のちょっとした後悔があるからです。

大叔母の入院していた病院は、私の職場のそばだったので、軽い気持ちで仕事帰りに寄ってみたのですね。

病室にはいると、元気で迎えてくれるはずの大叔母は思いもかけず、昏睡状態になっていたのです。

予想していないことでした。

数日前まで元気だったのに急に病状が進んでしまっていたのです。。

付き添っていた大叔母の長女がぽつりと言いました。

「急にこんな風になっちゃった・・せっかく来てくれたのにね」

 

その時の私の服装、グレーのワンピースに黒いブレザーを羽織っていました。

朝仕事に出かけるときに、玄関で見送る母に「お葬式に行ってきます」とふざけて言いました。

自分でもその日の服が、暗くて地味だなと思い、思わず口に出たのですね。

 

その数日後、大叔母は帰らぬ人となりました。

あの時、なんであんな暗い服で行ってしまったんだろう。

縁起を担ぐわけではないけれど、喪を想起するような恰好で行ったことを悔いたのです。

 

とても力になってくれた大叔母でした。

大叔母にとっての実家、私の家のことをいつも気にかけ、必要な時は躊躇なく動いてくれました。

「私とあなたは年も随分違うけど、心はよく通じるのだから、なんでも話してね」

そう電話で伝えてくれた時の声が、今でも耳に残ります。

亡くなって尚、見守ってくれている、力になってくれているという感覚がありますね。

 

話がそれましたが、そんなこともあって、病院に行くときは明るめの服を着ることにしています。

特にお見舞いに行く時などは、目に優しい明るめの色彩の服で。

入院中は不安だったり、思うようにいかなくてイライラすることも多いものです。

目にする色が暗いと、よけい気が滅入ることもあるかと思うのです。

 

 

   今年もお盆の終わりは花火の送り火。コンビニに買いに走りました。

 

 

 

 

父の退院

介護施設に入所している父が腹痛を訴え、それが急を要するものだったので、大病院に緊急搬送されて手術を受けました。

 

先週、術後の父を見舞うため、名古屋から岡山、日帰り予定で急きょ帰省したのでした。

病院に着くと、看護師さんが、開口一番「昨日から調子が悪いんですよ」

ぐったりとベッドに横になっている父、食べてももどしてしまうということで、絶飲食。

一瞬目を開けても、すぐにこんこんと眠ってしまう。

こんな父を残して、日帰りで帰るには忍びないなあと思っていたら、翌日の用事の調整がつき、急きょ実家に一泊して次の日も見舞うこととしました。

翌日にはかなり持ち直し、レントゲンの結果も良好、歩行器でそろそろと歩くほどの回復ぶりで、少し安心して岡山を後にしたのでした。

 

そして昨日、兄から電話がかかり、無事退院して地元の病院に移ったと報告がありました。

兄の声は疲れの中にも、安堵感。

ちょっと驚いたのは、父が兄に手を握ってくれ、と頼み、兄がそれに応えたことを話してくれたことでした。

「ほんま、わがままな弱いヤツや、しょうがないから、布団の上から握ってやったわ」(やれやれと言った感じで)

あの距離のある二人の間に、こんな一瞬があるとは。

 

人が回復する力を助けるものは何だろう・・と思います。

薬や治療だけではないはず。

父は、看護師さんがケアなどで病室にきてくださると、「ああ、よう来てくださった」と本当に嬉しそうに言いました。

話しかけてもらえる、注意を払ってもらえる、人の存在がとても力になったのではと思います。

 

私も二日間でしたが、父の望むまま車いすで病院の廊下を連れ回り、身体をさすり、手を握り(私にもたびたび手を握ってくれと頼んだ)父の訴えに耳を傾けました。

兄も休みの日は、病院に顔を出してくれたようです。

(父は認知症が進むにつれ、とても兄を求めるようになり、息子はいつ来る?と看護師さんに聞くばかりして困らせたらしい)

そして待ちわびた兄の顔をみて、ありえないことに手まで握ってもらったたこと・・・

私はちょっと嬉しい。

 

これからも大変だろうけど、とりあえず今日は感謝。

 

  この酷暑にもバラは咲く