あとは儲けもの

春ですね。

昨日、身体の感覚が変わったなと思いました。

冬眠から覚めて、細胞がうごめきだした感じ。

 

そして掃除をしながら、ふと気づきました。

そういえば私、いつのまにか越えていたな・・

そう、ちょっとだけ気にしていた52歳という年齢を過ぎていました。

 

わ~い、何もなかった!

母や叔母、大叔母などの身内が、いづれも52歳あたりで、その後の人生を左右するような病気になったので、私もどこかで警戒していたんですね。

女性の厄年でも何でもないんだけど。

 

高校の時の古典の先生がおっしゃったことを、思い出しました。

「僕はちょっと前に大病をして、運よく生き長らえたので、あとの人生はもうけもの。こうしてみんなに話をするのも、遺言のような気持ちだよ」

なかなかいい境地だな~と、その当時思いました。

ちょうど今の私くらいの年の、何となく好ましく思える男の先生でした。確か「渋谷先生」

 

私は幸いなことに、今のところ大病もなく、どちらかというと平凡な人生。

でも日々起こることは予測不可能で、理想通りにはいかない。

心がざわめくこともある。

 

そんな時、古典の先生ではないけれど、「あとはもうけものの人生」とつぶやいてみる。

そうよ、いまさら守るものも、そうないぞ。

不思議にいろんなことのハードルが下がります。

 

 

 春の色ですね・・ 名古屋城近くで。

 

 

酒好きの遺伝子

子供の頃の憧れだったチョコレート、ロッテのラミーとバッカス。

昨日スーパーで目に留まり、いそいそとラミーをかごに入れました。

 

小銭を握りしめて、10円や20円の駄菓子を買っていた幼い頃、お店の高い棚に並ぶラミーとバッカスは魅惑のチョコレート。

初めて一人でバッカスを買った日。

とろりとした洋酒の豊潤な刺激に感激しながら、一度に一箱全部食べてしまい、鼻血を出してしまったものです。

 

子供のころから、お酒の香りのするものが大好き。

祖母が孫たちに、こっそりふるまってくれる、酒かすや、保命酒かす、自家製の梅酒やあんず酒のおいしかったこと。

 

5~6歳だった私が一人でお留守番をしていたある日、一つの計画を胸に、いつもは祖母だけが開ける戸棚を開けました。

そこには年代物の梅酒瓶がずらり。

その中のひと瓶を取り出し蓋を開けると、次に台所から割りばしを持ってきました。

そして割りばしの先を梅酒に浸しては、チュッと吸い、浸してはチュッと吸い・・

 

もちろん大人たちが帰ってくるまでには、梅酒は元の戸棚におさめましたし、何事もなかったことになるはずでした。

が、外から帰った母と祖母は、とろんとした真っ赤な顔の私を発見。

「大変!熱がある。」母は一瞬そう思ったそうです。

でもすぐに私の留守中の秘密は、ばれることとなり・・

祖母はピンときたのです。

叱られませんでしたね。

 

思えば、大正生まれの祖母も、酒好きの体質だったのでしょうね。

その時代の女性ですから、男のようにお酒を飲むことはなかったけれど、梅酒や酒かす、地元の保命酒というリキュールを好んで口にしていました。

 

その保命酒を造る、福山市鞆の浦(ポニョの舞台となったところ)の蔵元さんが出しているみりんが、先日田舎から送られてきました。

その豊潤な味わい深い風味といったら・・・

料理に使うのはもったいないくらいです。

つい、ついでに一口きゅっと口に含んでしまう私。

祖母の孫ですね・・・