新しきもの

新年を迎え、さいふを新調しました。

今年初のお買い物となった新しい財布は、フレッシュな気を放っていて、気分が上がります!

10年以上使った今までの財布、少し前に、この財布も役目を終えたなあ、と感じた瞬間がありましたので、納得のいく買い替えでした。

 

時を同じくしてフライパンや鍋のいくつかも、買い替えました。

取っ手の金属がとれたり、ねじを締めても閉めてもゆるむようになっていたので、これも納得して買い替え。

物を大事に使うほうですが、やはりどんなものにも寿命があります。

新しい行平鍋はピカピカと光って、やはりフレッシュな気を放っています。

 

新しいものっていいなあと思うんです。

まさに今を生きる作り手さんたちの、新鮮な思いやエネルギーまでもが、その品に宿っているような気がする。

伊勢神宮も20年に一度、式年遷宮といって、社殿やその他のものを、すべて新しくしますよね。

新しい木材を山からきりだし、それはそれは多くの方がこの一大イベントに関わり、力を注ぐ。

以前はまだきれいなのにもったいない…と思っていたのですが、今はその様々な意味が理解できるというか、先人の知恵なのだなあと思います。

 

新しいと言えば、うちの娘も新成人となりました。

今年は成人式の開催についても様々な意見がありましたが、名古屋は簡素化しつつも執り行われました。

私は良かったなあと思っています。

なんといっても新成人の放つ輝きはすごい。

毎年、振袖をまとって街をいく新成人と出会うと、その輝きの余波、恩恵を受ける気がする。

 

さて娘のお支度は、簡素に私の振袖一式ですませることにしました。(本人着飾ることにまるで興味がなく、それでいいと……)

でもすべて私のお下がりでは、何か寂しいなという気もした。

ということで前日に思い立ってデパートに走り、娘自身のバッグと髪飾りを新調しました。

時を経た振袖や帯は、新しいものが足されて、息を吹き返したようでした。

 

 

 

鳥たち

三日ほど前から、庭にシジュウカラが来るようになりました。

鳴き声のかわいいこと…

そおっとカーテンの隙間からのぞいてみると、エゴノキの枝から枝へとチョンチョン渡っている。

 

庭に鳥が来るといえば、最近夢をみていました。

実家の庭に、2羽の鷹(鷲かもしれない)が舞い降りた夢。

勇壮な姿で庭の木から木へと渡っていきます。

1羽の鷹は、赤い模様入りの紺色の布団をくわえている。

「あの布団は、昔うちの家で使っていた布団だ」と夢の中の私は思います。

庭を奥に進むと本宅があって(実際の配置とは何故か違うのですが)父が縁側あたりにいる。

「庭に2羽の鷹がきているよ」と私が告げると、

「おお、そうじゃ、1羽は布団をくわえとるだろう」と父が言いました。

なんとも不思議な夢でしたが、2羽も鷹が舞い降りるなんて縁起がいいではないですか。

 

庭のシジュウカラにはミカンのクリスマスプレゼント。

半分に切ったミカンを、枝に刺しておきました。

今年の冬は、例年より小鳥がいっぱいいるような気がします。

そう思うと敏感になるのか、鳥の気配にすぐ気づくのです。

目の端でチラッととらえた影、わずかなさえずりにさっと反応して、カーテンの隙間から、嬉々として覗く私。

ちょっと前は、ムクドリかヒヨドリっぽいちょっと大きめの鳥が、オリーブの実を食べに来ていました。

 

今朝は通勤途中に、かわいいスズメたちをみましたよ。

交通標識の上に、木に、仲良くとまるほほえましい図。

別の街路樹には、メジロがいました。

 

気づけば周りにいる生き物たちに癒されています。

生き物だけではない、樹木や花、風、日差し、森羅万象に見守られ、パワーをもらい、今日も過ごしているのですね。

安心感がひろがります。

 

トラだましい

たまたま同じ題名の本を買いました。

「猫だましい」

本を買ったときの、ワクワク感。

これから浸るであろうその世界への期待感……

子供の頃も、大人になっても、いくつになってもこの気持ち、変わらないですね。

ましてや、「猫だましい」なんて、猫好きとしては持っているだけでも嬉しくなる本!

 

今もリスペクトしてやまない、かつての飼い猫「トラ」

その稀有に優れた存在性に、生物の種を超え、かなわないという想いを抱いていたように思います。

まさに「トラだましい」を秘めていた猫でした。

飼い猫であっても人との距離を頑として保ち、孤高の雰囲気を漂わせていました。

あるとき、外で一人(一匹)遊んでいたまだ子猫のトラを、別のお宅の方が捨て猫と勘違いし、ご自宅に連れ帰ったことがありました。

近所の人が気づき「お宅の猫が、○○さんの家にいたよ」と教えてくださいました。

「トラがいなくなったあー」と半泣きだった小学生の私は、母に連れられトラを迎えにいきました。

そのお宅に行くと、トラは明らかに我が家よりも豪華な餌を与えられていましたが、まったく口をつけなかったそうです。

お腹がすいていただろうに、かたくなに食べようともせず、その家の人に慣れようともせず、ただじっとしていた。

あっぱれじゃ、トラ。

 

野性味あふれるトラは、時々ヘビやスズメを口にくわえて帰ってきました。

お土産のつもりだったのでしょうが、これには困りましたね。

兄がわざと私を叩くふりをしたときは、猛然と兄に飛び掛かっていった。

気に入らなければ、容赦なく飼い主にも牙をむき、引っ掻く。

私もよくやられました。

 

そんなトラも亡くなる半年くらい前から、人肌が恋しいかのようにそばに来るようになりました。

私がごろんと横になると、すかさず走り寄ってきてお腹の上にでんと乗る。

人にむやみに触られるのが嫌いで、一段高い所から(TVの上とか)人間界を見下ろしている猫だったのに、ずいぶん変わってきたなーと思っていた。

それから間もなく交通事故で亡くなりました。

私が初めて車を運転し車道に出たその日に……

そろそろと車を動かす私をどこかでみていて、「これは何事か、白い箱に入ってどこかに行くうちの子を助けなければ…」と思ったのかもしれません。

そして夢中で車道を追いかけてきて事故に遭ったのかもしれない、と考えたりします。

 

ここ1年くらい、ハンドルを握るときは「トラ!」と、一声鳴いて(?)車を発進させるようになりました。

メチャクチャへんな人ですけど、なーんか安心するんですよね。

トラがそばで守ってくれているような気がして……

トラとお別れしてもう33年、「トラだましい」を今も感じている。

頭痛

10日ほど前、日帰りで京都に行きました。

紅葉も見ごろを迎え、とても楽しみにしていたのですが……

 

お昼まではよかった。

足取りも軽く、嬉々として嵐山を散策しておりました。

が、この後思わぬ展開、経験したこともないひどい頭痛におそわれ、半日で観光をあきらめざるを得ないことになってしまいました (´;ω;`)ウゥゥ

頭はガンガン、乗り物に乗れば吐気がくる、ほうほうのていで何とか京都駅にたどり着き、伊勢丹京都の椅子に座ってひたすら回復を待つという残念な一日となったのでした。

まあ、こういうこともある……

予兆はあったのですよね。

その二日ほど前から、頭の右側だけニシッ、ニシッと波のように軽い痛みがくる。

これは何?と思いながらも、もともと頭痛もちでもなく、頭痛がひどいことになった経験もないので、軽くみていました。

ま、大丈夫でしょ!出かければ、少々のことは吹き飛ぶわ!

大丈夫じゃなかったですねー

結局この頭痛、軽い時も含めると4日ほど続きましたね。

自分でもちゃんと自覚できていないストレスがかかっていたのかなと思います。

体と心は表裏一体、身体の症状は心のメッセージと思うので、知らせてくれたのでしょうね。

家族関連の変化、コロナ禍で生活や仕事の変化など、いろいろあったなーと改めて思いました。

 

今回は高山寺に行きたかったのです。

あの、鳥獣戯画の複製画がみられる、そして「夢記」を記した明恵上人ゆかりのお寺。

紅葉の山寺を散策し、ショップで鳥獣戯画のグッズもいろいろ買いたいなーと、皮算用してひそかに楽しんでいたのですが。

楽しみは先送りに……

思わぬ一日となりましたが、これもまた今年の1ページ。

法輪寺 十三参りの華やかな女の子たちがちらほら……

 

 

スニーカーを買う

ここ数年、足元がスニーカーやフラットシューズの女性が増えましたね。

楽そうで軽快でいいなあ、と羨ましく思いながらも、長年なじんだミドルヒールを履き続けていました。

小さい私は、この高さが一番バランスがいいんだと信じて。

 

そんな中、先日のある出来事。

その日はしばらく履いていなかったパンプスを履いて出かけました。

しばらく歩くと、あれ?足が痛いぞ、そっと靴を脱いでみると、小指あたりに血がにじんでいるではないですか。

年とともに足が膨張してきたのか、コロナ禍でヒールを履く機会が減っていたせいか…

最小限に用事を済ませ、足を引きずりながらやっと帰宅し安堵するもつかの間、更なる悲劇が待っていました。

家の鍵が無い!! カバンをいくらひっくり返してみてもないものはない……

しまった! 出かけるときは家族がいたので、自分で施錠することなくでたのですが、その後家族は外出。

そう、閉め出しとなったわけです。

どこか開いてないかしらん、勝手口や掃き出し窓に空しく手をかけてみましたが、もちろんびくともしません。

家族が帰るまでには、まだ3時間もある。

近くの(といっても歩いて15分かかる)ファミレスに行くしかなさそう。

足の痛みに耐えながら(というか、もう麻痺して痛みも感じない)デニーズにたどり着き、一人もそもそと夕食をとったのでした。

(あまりに可哀そうな私に、ワインをつけてあげることは忘れませんでしたが…)

ひとりディナーををとりながら決心しましたね、もうこの先の人生はストレスの無い靴ですごそうと。

 

作家の森瑤子さんが、エッセイで記されていたのを思い出します。

ハイヒールはエスコートする男性がいて初めて成り立つものだと。

なるほど…

あんな竹馬にのったかのような不安定きわまりないものを履けるのは、さっと腕をさしだしてくれる人がいる女性だけに許される特権だったのか。

 

ハイヒールはおろか、ミドルヒールからも脱落しようとしている私。

今までさんざん靴選びに苦労してきて、それでも痛い思いもしてきて、そろそろ足をストレスから解放してあげよう。

ということで、さっそくデパートの靴売り場に行ってみました。

そしてスニーカーの充実度に驚きました。

スニーカー売り場だけでなく、各ブランドコーナーも棚の何割かが、色や素材も様々なスニーカーで占められている。

こんなにバリエーション豊かになっているとは……

「スニーカー=運動靴」の古いアタマを一新しようと思います!

 

 

 

 

家の中の虫

今年はどういうわけか、家の中で蜘蛛を見かけることが多くありました。

カーテンの裏に蜘蛛の巣をみつけたことも…

子供の頃、この手の巣を見つけたときには、すかさずはがして、慌てて逃げまどう蜘蛛をにんまりと観察したものです。

今回も早速はがしてみましたが、住人は既にいなかった…残念。

虫好きの子供がそのまま大人になった私、家の中で見つけた虫はとにかく生け捕りにして、外に逃がしてやります。

虫の捕獲に活躍するのは、お菓子やコーヒーフィルターの空き箱、六面体の一面をハサミで切り取って虫取り箱として常備しています。

虫をみつけたら、箱の空いた口をパッと虫に被せ、そっとスライドすれば虫は箱の中に入ってくれます。

虫入り箱を手に外に走り出て、庭木の上で軽く振れば、晴れて虫は外の住人に。

ダニやコバエを食べてくれる蜘蛛はそのまま同居してもらってもいいのですが、家族は嫌だと言うし、蜘蛛がはい回っている家なんて、来訪者もきっとひいてしまいますよね……

 

昨年は家の周りにカメムシの大量発生の年で、家の中でも数回見かけました。

今年も時々、庭やベランダでみかけます。

昨日うっかり、ベランダで一匹の黒いカメムシを踏みつぶしてしまいました。

カメムシ、ごめん。

小さな生き物の気配を感じ取れなかった私、まだまだです。

 

同じ地球に生きるものどうし、虫たちと仲良くやれたらいいなあ。

ときれいごとを言う私ですが、迷いなく殺生する生き物がいます。

それはゴキブリ(残念ながら年一回くらいは遭遇する)とコバエと蚊 (;一_一)

ゴキブリには容赦なく殺虫スプレーを噴射、コバエと蚊はパチンと手で叩きます。

勝手なものですね……

 

    アオクサカメムシ なんて美しい色艶

 

 

余り布たち

いつかやらねば、と思っていた余り布の整理。

やっとできた。

洋裁が趣味なので、いつの間にか余り布がたまっていきます。

それぞれの布は物語を持っていて、簡単に処分できない。

娘のピアノ発表会に作ったドレス、縫っている時の肌触りの良さは指先が覚えている。

伯母からときおり譲られた生地、その上等な風合いに心躍らせた。

ほんの小さな切れ端も思い入れのあるものはなかなか手放せません。

いつか小物づくりに使うかも…

子供が工作で使うかも…(もうそんな年ではなくなった)

年取ってパッチワークにはまるかも…(正確を要することにはもとより向いていない…)

いくつかの、かも、かもとその布にまつわる思い出により、なかなか処分できない。

いつの間にか、たまっていた余り布たち。

二つのダンボールに適当につめこんで、押し入れの奥に放置状態。

いざ何か作ろうと思っても、押し入れの奥から引き出すのもおっくうで、あまり活用の機会がなかった。

もっとさっと取り出せて、中身も整理されていれば……

先日やっとその気になってやってみれば、1時間ほどで整理できたではないですか。

大きい布でも、惹かれないものはリサイクルの袋へ。

リサイクルする大きさに満たなくて、思い入れもないものは思い切って処分用の袋へ。

ほんの小さな端切れでも、心惹かれるものは小さくたたんで小箱に詰める。

あとはレース地や裏地、夏用、冬用などざっくりと分けて、空いていたピンクの衣装ケースに納めていきました。

今まで使い道がないと思っていた布でも、これはマスクにするとおしゃれだ!と思いついたりして、今年ならではの発見もありました。

新しい場所におさまった布たちは、息を吹き返したようにいきいきしていて、色とりどりにその個性を放っている。

みていると幸せな気持ちになりました。

 

思えば幼い頃も、布が遊び相手でした。

洋裁をする叔母たちがためた余り布の山を、押し入れから出して眺めたり、許可が出ればもらうこともできた。

みようみまねで布をつなぎあわせたネックレスなど作って、何時間も一人で遊ぶ子供だったみたいです。

布と戯れるのが好きなのに、なんでそっちの仕事につかなかったのどろう?と時々思うことがありますが、それもまた人生の面白いところですね。

布の個性を引き出しながら作品にしていく過程、本来のその方らしさを見出していくカウンセリング、通じるものがあります。

 

ふらり京都

ふらりと京都日帰り旅をしてきました。

平日の京都、まだ秋の観光シーズンには早く、人の喧騒とは無縁。

鴨川のほとりに住む娘と落ちあい、まずは下賀茂神社をめざします。

川の飛び石を渡れば、近道。

みんなぴょんぴょん川を渡っていきます。

お散歩中の奥様も、犬もぴょんぴょん。

赤ちゃんを抱いたお母さんもぴょんぴょん。子供もぴょんぴょん。

娘も私もぴょんぴょん。

アオサギかな?

澄んだ川面には小魚がいっぱい。

おさかな食べ放題でいいねえ~

 

古代の森、糺の森に歩み入ると、ひんやりとして空気感が明らかに違う。

太古からの気の流れか、樹木のちからか、とても居心地がいい……

鴨長明ゆかりの河合神社で一休み。

これは美人水。

下賀茂神社のかりんと御神水の飲物、とても美味しかったです。

 

糺の森の奥、下賀茂神社へ(写真撮り忘れた…)

森に映える鮮やかな楼門をくぐり、お参り。

干支ごとにお参りできる小さなお社が並んでいる。

私は巳年、巳年とつぶやきながら探すうち、なぜか脳内で子年に変換され、危うく子年のお社にお参りするところでした。

無事巳年のお社に手を合わせ、本殿にお参りしました。

 

午後用事のある娘とここで一度別れ、一人ランチ。

その後、京都御所近くの梨木神社に行ってみました。

ちょうど萩の花の季節で、参道は可憐な萩の花がまっさかり。

 

午後3時半に再び娘と合流。

最後は二条城に行くことにしました。

あまり時間がないねーと言いながら、人気のない裏通りで行き方を調べていると、そこに滑り込むように一台のタクシー。

とっさの判断でタクシーに乗りました。

聞けば、二条城の最終受付は午後4時、バスや徒歩だと完全に間に合わなかったみたいです。よかった~!

二条城はさすがに二条城でしたねー。

二の丸御殿のつくり、細部まで行き届いた装飾の美しさ、目を奪われる虎や豹、松や四季折々の花を描いた障壁画。

あまりに時間をかけてみていたので、時間を心配した職員さんに声をかけられました。

「お庭もみられますか?お庭だけでも30~40分かかりますよ」

少しピッチをあげました。

気付けば、御殿内もだんだんと展示用の照明を落とし、ところどころ戸も閉められ始めている。

「ちょっと暗くて見にくいね」と不平を言う私に、娘が

「逆に、昔住んでいた人が感じていたような雰囲気や生活が感じられる空間になっている。なかなか体験できないよ」

一本とられました。

そして勇壮かつ繊細なお庭をそぞろ歩き、5時の閉門ジャストに二条城を後にしたのでした。

「また来ようね、もっと時間をたっぷりとって…」と話しながら。

 

次の楽しみができました。

母の裁縫

昨日は亡き母の誕生日でした。

でも本当の誕生日は一日遅れの今日なのです。

何故か生まれた日の一日前の日を、出生日として役所に届けたらしく…

なので、今日も何となく母のことに思いを馳せています。

 

母のコンプレックスの一つは、裁縫が苦手なことでした。

「私はぶきっちょだから…」が口癖でした。

母方の祖母は器用な人で、まだ手編みのニットなど珍しかった母の子供時代に、本を頼りに独学で学び、手編みのセーターなど着せてくれたそうです。

母の姉と妹も器用、洋裁ができてセンスも良い。

そんな母親や姉妹の中で、自分だけが手先が不器用でセンスもない、とよく嘆いていました。

そして嫁いだ家もまた、お姑さんも義理の妹たちも、和裁洋裁ともに大の得意。

その当時のお嫁さんは、裁縫ができるというのは大切なことだったようですね。

実際、母の友人は、嫁いですぐお姑さんから反物を渡され「これを浴衣に仕立てなさい」との洗礼を受けたとのこと。

そんな話もあってか、母は結婚前「私は裁縫が苦手です」と伝えておいたのだそうです。

その免罪符のおかげか、結婚後母が裁縫をしなくてもとがめられることもなく、祖母や叔母たちが当たり前のように変わってやってくれたのですね。

縫物の得意な女たちのいる家に嫁いだのは、母にとってかえって幸運だったといえます。

日常のこまごまとした縫物は祖母がやりましたし、母や私の洋服は、洋裁学校を出た叔母たちがよく縫ってくれました。

母が針を手にするのは、とれたボタンをつけることくらいだったかもしれません。

私が高校生くらいになると、娘もあてにするようになり、「いつでもいいから裾上げやっておいて」などと、父の作業着や、その他つくろい物を私の部屋においていくようになりました。

 

そんな母ですが、二度ほど、私の洋服を作ってくれたことがあります。

一度目は私が保育園の頃で、かぎ針編みのカーディガン。

全体は朱色で、裾周りにクリーム色の花のモチーフがぐるりと編み込まれていました。

これは母にとって成功体験だったようで、後々、「あのカーディガンは自分でもよく編んだと思うわ」と回想していました。

二度目は、中学生の頃縫ってくれた、ギャザースカート。

紺地に白い格子模様と赤いサクランボが散った綿プリント。

どこかのワゴンセールか何かでたまたま目につき、めずらしく縫ってみようと思ったのでしょうね。

意外と手早く、普段着のギャザースカートが出来上がりました。

布幅いっぱいを使ったギャザー、そのギャザーは均一でなく、少々いびつで、丈もぞろりと長め。

全体にもっさりとしたものでしたが、「お母さんも一応縫えるじゃん」とちょっと意外に思った記憶があります。

そのもっさりスカート、ちゃんと着ましたよ。

 

ある年の冬、和服を仕立てていた祖母を、母が手伝ったことがありました。

祖母の手ほどきで、ここからここまで縫うといった単純作業でしたが、意外ときれいに縫ったみたいです。

「まあ、お母さんは、縫物が何にもできないと言ってお嫁に来たけれど、そんなことない、きれいに縫うわ」

祖母の嬉しそうな声が今も耳に残ります。

母のコンプレックスが救われるような気がして、私までちょっと嬉しかった……

 

 名古屋港 夜のライトアップ 

思い出の品

40年近く前の思い出の品

といっても、私のではなく兄のものです。

兄が学生時代に、女優の八千草薫さんから直接頂いたもの。

その当時兄は、東京の世田谷のとある魚屋さんで、アルバイトをしていました。

近くに映画監督の谷口千吉さん、八千草薫さんご夫妻のお宅があり、ある日注文いただいたお刺身を届けにいったそうです。

兄がチャイムを鳴らすと、まずお手伝いさんが出て来られ、その後ろから、八千草薫さんと愛犬、ご主人の谷口千吉さん、次々とみんな出てきて迎えてくださったのだそうです。

そして八千草さんは「あらあら、○○さん(魚屋さんの名前)ご苦労さま。ちょっと待ってね」と一度奥に入られると、デパートの包みを携えて出て来られ、「よかったら使ってくださいね」と自ら渡してくださった。

TVでみる八千草さんそのままの、ナチュラルで優しいお人柄にふれたこの日のことは、兄の忘れられない人生の1ページとなったようで、私にも何度かこの話をしてくれました。

ご夫妻のかざらないお人柄は、お刺身の配達にいった一介のアルバイト学生をも包み込むようなものだったのでしょうね。

頂いたセリーヌの靴下を、兄は今でも箱のまま大切にとっています。

今年のお正月に実家に帰省した時、40年の歳月を経た包みを初めてみせてくれました。

兄の思い出がなくとも、私は八千草さんが大好きだったので、ちょっと感激しましたね。

また兄の学生時代の、東京での瑞々しい日々が、その包みと一緒にしまわれているような気もした。

 

昨年の秋、八千草さんは天国に旅立たれました。

そのほんの少し前まで、ドラマでその少女のような佇まいにお目にかかれていたように思います。

いたずらっぽい笑みを浮かべて、軽やかに、ふっといなくなったよう……

 

 昨夏出された八千草さんの本  読むだけで穏やかになれる

 

今日は兄の誕生日、後でおめでとうを伝えます!