名匠狂言会

秋の日も落ちた夕刻、狂言を観に一人で名古屋能楽堂に足を運んだ。

野村万作さん、野村萬斎さんの芸を生で見たいという、数年来の願望がかなった。

この会は、名古屋、東京、京都の3流派が集い、それぞれが一つずつ演目を披露する。

名古屋和泉流は「懐中婿」 東京和泉流は「合柿」 京都大蔵流から「鎌腹」

各派の特色に加え、三都それぞれのお国柄も出ていて、そこも味わいがあった。

どれもよかった。

 

その中でもとりわけ心を動かされたのは、野村万作さん主演の「合柿」

柿売りが祭りで柿を売っていると、5人の地元の者たちが来たので、甘い(はずの)柿の試食をすすめる。

ところが柿はどれも渋い。

5人衆は柿売りに、自分で食べてみろと言い、柿売りが食べるとこれも渋い。

「渋い柿を食うと口笛が吹けぬ」と言われて、柿売りは必死に口笛をふいてみるが音が出ない。

「だまそうとしたな」と皆は柿売りを叩いたうえ、籠に入った柿をそこらにぶちまけて去っていく。

 

一人になった柿売りの去り際に心を打たれた。

柿売りは籠に柿を拾い集めながら、述懐する謡をしっとりと歌いあげ、とぼとぼと去っていく。

「拾い入れたる柿をもち、わが宿所ににぞ帰りける… わが宿所にぞ帰りける……」

身体から舞台から、にじみ出る悲哀。

泣けた。

 

その余韻が続くなか、帰宅して改めてパンフレットを広げ、野村万作さんの挨拶文を読んでハッとした。

挨拶文の最後はこう締めくくられる。

「はたして柿は本当に渋かったのであろうか。演じていて、常に考えさせられる点である」

うーん……とうなった。

渋柿を甘い柿と偽って売ろうとした柿売りが皆の制裁を受ける、という単純な話ではないのかもしれない。

もし、渋柿ではなく甘い柿だったとしたら、話は全然違ったものになる。

何と深いことだろう。

 

この狂言会は人間国宝の方が二人も出演されるという贅沢なものだった。

3派とも、年齢を重ねた狂言師がその舞台を格調高く引き締めていた。

装飾的なものがそぎ落とされ、ただ素をもってすっくと立っている。

このような境地にいつの日かわずかでも近づきたいものだと思う。

 

それにしても野村萬斎さんは、ひときわ華がありました。

 

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