暮れからお正月にかけて実家に帰省しました。
滞在中は時間の許す限り、介護施設の父を見舞いました。
施設に入って4か月、新たなコミュニティの中においていただき、それが父の日常になりつつあるようです。
ひと時代前の長男としてとてもわがままに育ったワンマンな父ですが、それでも今、施設で温かく受け入れられている様子をみると、勝手ながらよかったなと思います。
中でも、私がとてもありがたく感じているエピソード。
施設の同部屋に、5年前亡くなった父の弟によく似た方がいらっしゃるのです。
2か月前、私が初めて施設を訪れ、食堂での昼食の時間に同席させてもらっている時でした。
父が「○○がいる」と言ったかと思うと、車いすで近くを通ったある入所者さんに手をあげて挨拶したのです。
○○というのは、5年前に亡くなった父の弟の名前、私にとっては叔父です。
う~ん、確かに生前の叔父の雰囲気がある・・
認知症が進んでいる父は、弟が亡くなったこともわかっていないようで、本当にその方を弟と思っているようです。
「○○が毎日おるんじゃ」
そりゃそうだわ、入所者さんだから毎日いらっしゃいます。
可笑しさと同時に、神様はなんて粋な計らいをしてくださっているのだろうと思いました。
職員さんによれば、父はその方を見かけるたび「○○がいる」と反応しているとのこと。
今回私が行った時も、父は変わらずその方を弟の○○として見ていました。
ありがたいことに、その方はちっとも嫌がらず、間違われていることをむしろ楽しんでいるご様子。
「わしは誰に似とるんだったけ?」と私と兄に聞きに来られたので、父の弟のことをお話しすると、それを嬉々として職員さんに報告に行かれるのです。
そして何かと父のことを気にして、「今日はきれいに食べれたな・・」とか声をかけてもくださる。
実は、父と生前の叔父は、兄弟の中でも犬猿の仲(実際に戌年と申年だった)
それなのに、今の認知の進んだ父からは」「弟が好き」という気持ちが伝わってきます。
現実のあれこれの中でぶつかることの多い兄弟でしたが、それがなくなった今、本当はとても深いつながりを持った弟だったのだなと思います。
先日友人に、叔父に似た入所者さんのエピソードを話したら、
「その方って叔父様そのものじゃないかな~、叔父様は今、お兄さんから慕われて、同じ時を天国で喜びながら過ごされている、そんな風に感じるよ」と言われたのです。
亡くなった叔父がとても力になってくれている、というのは今までも感じていました。
昨年あたりから、叔父との縁を感じる出来事が時々ありましたし・・
でもそれだけでなく、「叔父も父とのかかわりを喜びながら過ごしている」という見方はとても嬉しいものでした。
叔父の想いを感じ、温かで心強いものに満たされるよう。
今見える現実だけでなく、時空を超えた壮大なものにつながっているのですね。
私たちはきっと・・・