「関心領域」というホロコーストを題材にした映画を観た。
内容、作り方、いろんな意味で衝撃的だった。
強制収容所の中の描写はほぼない。
映されるのは、アウシュヴィッツ強制収容所と塀を隔てて隣接する、アウシュヴィッツ所長一家がくらす邸宅。
カメラはその家族の日常を淡々と追っていく。
緑豊かな広大な庭を持つ大邸宅、理想的な環境で情操豊かに子供たちを育てる所長夫妻。
妻は、一才に満たない末息子を庭のバラにふれさせ、「これがバラの香りよ、いい香りね」と語りかける。
夫は幼い娘が眠りにつくまで、ベッドで絵本を読み、語りかける。
その幸せな空間とアウシュヴィッツ強制収容所を隔てるのは高い塀のみ。
塀の向こうからは昼夜を問わず不穏な気配が伝わってくる。
煙突から立ち上る黒い煙、銃声や叫び声……
一家のくらしに侵入してくる、その黒い気配。
映画をみているこちらも、得体の知れないいたたまれなさに揺さぶられ続けている。
それはこの一家が絶え間なくさらされているものと同質。
見ないようにしていても、家族の心の奥底で増殖していくものを、一緒に感じているのだ。
この家族と自分は地続きにあるのだと思い知る。
塀の向こうで苦しむ人たちとも地続きにある。
あの時代と今の時代も地続きにある。
何も終わっていない。
作品を通して今なお漂う、過去からの強い磁力にふれているのかも知れない。
全てをつまびらかにみせないまま、ストーリーは淡々と流れていく。
やがて、一人一人の奥深く増殖を続ける何かによって、ほころびが見え隠れする。
音の効果がすごい。
一定のリズムで波のように繰り返される、不協和音のようなサウンド。
心の深層へといざなわれる装置のようでもあり、叫び声のようでもあり、亡き魂たちの共鳴のようにも聞こえる。
最後はふいに終わる。
終わったものの、しばらく席を立つことができない。
一緒にみた娘も、言葉少なであった。