岡山と広島に帰省した最終日、近くの観光地に寄って帰ることにした。
今回は娘も一緒。
かつて訪れていた(といっても30年も前のことだが)懐かしい商店街のアーケードを歩く。
その中に小さなフレンチのお店があった(当時は気づかなかったけれど)
ひっそりと目立たない店構えであるが、いかにも老舗っぽい。
ちょうどお昼時だったので、散策前にランチにしようと入ってみた。
思いのほかお年を召したシェフ(80歳くらいか…)に迎えられ席に案内されたが、一抹の不安がよぎる。
シェフの他にお手伝いの方はいない様子、ランチタイムなのに他にお客もいない。
カトラリーがセットされたテーブルには、パンくずが散らばっていて、荷物を置こうとした籠の底もパンくずだらけ。
果たしてこのお店、大丈夫だろうか…
「一周まわってかえって楽しみになってきた」と娘が小声でささやく。
ゆっくりとお水が運ばれてきて、これまたゆっくりとオーダーをとりに来られた。
気さくな老シェフは、たびたび話しに来て話がとまらなくなる。(調理は進んでいるのだろうか…)
「どこから来られたのですか? ああそう名古屋ね、昨日も名古屋の守山区の方が来られましたよ。豊田には神戸での修行仲間がいて、名古屋、岡崎、安城、よく遊びに行ったもんです。あ、実家は笠岡ね、笠岡の神島から昔は魚の行商の人がここらにも来てましたよ。リヤカーをひいて…。ああ、新鮮な魚を神島に食べにいきたいなあ」
気づけばこちらも「あ、私たちも守山区なんです。神島は昨日行ったばかり! 砂浜でシーグラス拾って遊びました」と楽しく話していたのであった。
こうして一抹の不安も少しやわらいだころ、ランチのオードブルが運ばれてきた。
続いてスープとパン、そしてメインディッシュ、それらを黙々といただく。
やがて男性一人のお客さんに続き、6人連れご家族が入店。
にわかに忙しくなり、老シェフ一人では明らかに手が足りていない様子、はた目にも少しはらはらした。
食べ終わり、タイミングをみて会計をお願いする。
「ご馳走様でした」と店を出たが、そのあとの老シェフの健闘を祈るばかりであった。
目的地に向けて歩きながら、娘と話した。
複数のオーダーに手間どっていたこと、お皿が決して清潔とは言えなかったこと、スープも、メインディッシュのソースも、ポテトもかなり塩辛かったこと…
老シェフはこのお店を50年続けてきたとおっしゃっていた(修行仲間の後輩たちも、すでに引退したという)
おそらく老舗の美味しいフレンチとして、長年愛されてきたのであろう。
しかしこの数年の間に、自分でも気づかぬうち、かつての料理人としてのパフォーマンスが急激に落ちてしまったのではないだろうか、おそらく五感も。
年齢に加え、コロナ禍のブランクも影響したのかも知れない。
いつのまにか時は経ったのだ。
「でもね、さっきのお店に入ったこと後悔はないよ。」と娘。
私もそう思っていた。
色々と感じるところがあった。
クラシックの流れる昭和チックな空間で、ひっそり生業を続ける老シェフ。
ジブリアニメのキャラになって異世界に迷い込んだような心地もした。
現実的なところでは、いつかやってくる自分の引き際のことも思った。
旅のひとコマではあるが、もの思う一期一会であった。